アナタの会社にいる女性社員をイメージしてみてください。その女性は今日、取引先と会う約束をしています。そして、そのアポイントの内容は契約締結の件だったとしましょう。つまり、今日はお金が動く大事な取引があるわけです。
はたしてそんな日に、なんの連絡もなく会社に来なくなる女性社員がいるでしょうか?しかも、その後まったくの音信不通になることなんてことがありえますか?
アナタの会社だったら、まず起こりえないことでしょう。ところが風俗の世界では、こんなことが実際に起こります。それも、わりと頻繁に。
もちろん風俗の場合は契約とかではなく、その場での現金支払いの話ですが、金銭が絡んでくるという意味では同じことです。たとえば象徴的な例として、希ちゃん(当時19歳)というコの話を紹介しましょう。
希ちゃんは、イマドキっぽい容姿で長身痩躯のモデル体型。実際にグラビアの仕事もやっているとのこと(あくまでも本人の話ですが)。私は、このコは人気が出ると踏んで、正直かなりの期待をしていました。
体験入店を終えて戻ってきた希ちゃんに、私は感想を聞きました。私は「くすぐり」という、風俗のなかでも特殊なプレイの店なので、たとえば超くすぐったがりのコはくすぐったさに耐えられなくて、初日で辞めてしまうということもよくあります。
「プレイ、どうだった?平気?」(ちょっとドキドキ)
「すごい楽しかったです!」(満面の笑顔)
「そうか。これからも仕事続けていけるよね?」(内心ほっ)
「もちろん大丈夫です♪がんばります!」(きっぱり!)
このやりとりで一安心。ホッとすると同時に「希ちゃんは、きっと当店のエースになる!」なんて疑いもなく無邪気に喜んでいました。ビジュアルが良くて、やる気もある。私の経験上、絶対に人気が出るはずのコでした。
希ちゃんの2度目の出勤は日曜日。休日ということもあって希人気は上々です。ホームページ出勤情報を載せると朝から予約が殺到しました。予想どおりの希バブルです。
当店の営業時間は朝からなので、朝一番に希ちゃんにメールをいれました。
「おはよう。今日は予約がたくさん入っていますからね。相当の大金を持って帰れますよ♪」
連絡メールには必ず返信をするように指導していたので、希さんからもすぐに了解メールがきました。
「わかりました♪がんばります!」
よし、確認完了。あとは営業開始の時間を待つだけです。
当店のシステムでは、店の最寄り駅である地下鉄の駅に着いた時点でお客様にお電話をいただくことになっています。営業開始の10分前。1人目の予約のお客様から電話がきました。
「希ちゃんで予約した〇〇ですけど、いま駅につきました」
「かしこまりました。では、いつものホテルにチェックインしてから、またお電話いただけますか?」
当店は派遣型風俗店なので、お客様にはみずから最寄り駅のホテルに入室していただき、そこに女性を徒歩で向かわせるかたちにしています。希さんはまだ出勤していませんでしたが、特別に心配はしていませんでした。なんせ、今朝ほど連絡をとりあったばかりでしたから。
5分後、お客様から、ふたたび電話がかかってきました。
「ホテルにチェックインしました。401号室です」
「かしこまりました。いまから希さんを向かわせますので、お部屋で少々お待ちください」
営業時間ジャスト。希ちゃんはまだ出勤してきません。もうそろそろ着くだろ、と私もまだまだ呑気なものです。くどいようですが、今朝ほど連絡をとりあったばかりでしたから。
ただ、そうはいっても、お客様はすでにホテルにチェックインしているので、一応メールを入れました。
「いま、どの辺?お客様がもう来ているから急いでくださいね」
返信がありません。いつもレスポンスの早い希さんなのに・・・
さすがに私もイヤな予感がしてきて、急いで彼女に電話をかけました。
「おかけになった電話は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため、かかりません」
「ウソでしょ・・・」
顔面蒼白になりました。何回かけても電話はつながりません。5回、10回・・・。祈るような気持ちで何度も何度も電話をかけながら、頭のなかはパニック状態です。
(なんで朝に確認してるのに来ないんだ?しかも連絡までつかないとはどういうことだ?このあと何本予約が入ってると思ってるんだ!いや、それどころか、このお客様はもう、お金を払ってホテルに入っちゃってるぞ!うんたらかんたら・・・・・)
これだけ電話がつながらないということは、おそらくバックレ(無断で仕事を辞めること)でしょう。希さんに対する怒りで腸が煮えくり返りましたが、いまは怒ってる場合ではありません。とにかくこの状況を打開するために、アタマのなかをフル回転させなければいけません。
結局、ホテルにいたお客様には、別の女性をかなりの割引料金で案内することで、なんとか了承してもらいました。その後の希さん指名でのご予約も当然、すべてキャンセル。希さんが出勤できない旨をお伝えして、ひたすら謝りました。
怒りはもちろんあったのですが、それ以上に私は不可解でした。仕事はやる気満々に見えたうえに、少なくとも当日の朝までは来る気だったはずなのです。その日にどれだけの収入があるかも、ある程度わかっていたはずです。お金をガッツリ稼ぎたいと言っていた希さんが、いきなりバックレる理由がまったく見当たりませんでした。考えれば考えるほど謎は深まるばかりです。
その理由は、ある日突然わかりました。なんと、希さんからメールがきたのです。たいていの場合、無断欠勤した女性から連絡がくることはまずありません。二度と来ないつもりでバックレるのですから。
しかし希さんは、もうほとぼりが冷めた頃と思ったのか、事件から2か月後に連絡をしてきました。よっぽどやむをえない事情があったのだろうとメールを開いた私は、内容を読んで唖然としてしまいました。そこには欠勤した理由をこう書いてありました。
「5分くらい遅れそうになって、遅刻の罰金を取られるのがイヤだったので」
当店には罰金はありません。他店でも罰金はあっても微々たるものです。その日の予約で稼げる金額を考えれば、それこそ微々たる程度の額です。
「それだけの理由で・・・・・?」
これには私もしばらく開いた口がふさがらず、ただただ呆然とするだけでした。